心霊体験「祖母との約束」
みなさんは心霊体験をされたことはありますか?私の場合は大好きな祖母が亡くなって火葬や葬式を済ませた後に部屋に来てくれたことがありました・・・伝えたいことがあったのでしょう。今日は私の中学時代の心霊体験とその後祖母の魂を呼んだ時のお話を書いていきたいと思います。
浮気な祖父とやきもち焼きの祖母
私の祖父は女好きで、浮気は当たり前。生前はいつも女性の存在を匂わせては祖母と喧嘩を繰り返していました。私や従姉妹たちには旅行やレジャーに連れて行ってくれる孫好きの優しいおじいちゃんでしたが・・・
気性が激しい祖母はかっとしては睡眠薬や精神安定剤を多めに服用していました。そんなことが何年もつづいていたある日、祖父が愛人と旅行に出かけ、祖母が実家のある秋田に帰って来ました。
「のっぺらぼう」の祖母
実家に帰ってきた祖母は自分の生家で一人暮らしを始めてしまいました。心配した私たちは時々様子を見に行くと・・・
祖母の顔が「のっぺらぼう」に。その時中学二年生の私には、本当に祖母の顔がツルッツルの目も鼻も口も無い「のっぺらぼう」に見えました。祖母はうつになっていたようです。話しかけても感情はすでに無く、生きる意志ももはや持ち合わせていませんでした。祖母の「魂」が半分この世界に無いことも薄々感じていました。これは亡くなる一週間前の話。
祖母の自殺
ある日、学校から家に帰ると祖母が農薬を飲んで病院に運ばれたと連絡が。両親と急いで病院に行きました。祖母が飲んだ農薬は彼女の食道から腸を焼き切りもう食べることも大便も小便も出来ません。
服毒時の苦しみから祖母の意識こそ戻りましたが回復の見込みはなく、ただ死ぬのを待たなければならない状態でした。祖母は私の顔を見ると「難儀かけたな・・・」と気まずそうな顔をしていました。
この日の夜は病院帰り夕ご飯にお弁当を買って帰りました。大好きな「鶏の唐揚げ弁当」でしたが、ご飯を口に入れるとまるで砂を噛むようで食事が喉を通りませんでした。こんなに食べ物を不味く感じたことはこの日の他ありません。
次の日私たち家族は祖母の生家を片付けに行くことに。生家に着くと、玄関先からむせ返るような農薬と胃液の匂いが。
農薬ひと瓶を一気に服飲した祖母はその焼付くような毒に耐えられず、家中を転げまわり呻きながら嘔吐を繰り返していたようです。凄まじいうめき声が外に漏れていたらしく、駆けつけた隣の家に住む親族がすぐに救急車を呼び祖母は病院に運ばれました。
蒸し暑い夏でした。部屋に敷かれたござもソファも廊下や台所・・・家中あらゆるところが農薬と祖母の吐瀉物で汚れてむぅっとする強烈な匂いを醸し出していました。未だにどこからか農薬の匂いがすると、この日のことを思い出します。
家にはそこで暮らす人間の想念や残留思念が残ります。祖母の生家では彼女の苦しみや怒り、絶望感が充満していました。
火葬後に会いに来てくれた祖母
一週間ほどして祖母が病院で命を引き取りました。
火葬を済ませたその日、両親は早めに寝たようでしたが私は寝付けずにいました。いつものように夜中まで部屋で漫画を読んでいると、祖母がドアを開けて部屋の中に。
数時間前に火葬されお骨を拾った祖母がですよ!!!!! 大好きなおばあちゃんですがその時ばかりは恐怖で凍りつきました・・・しかし、祖母を悲しませたくはないので怖がってることを悟られないよう平静を装う私。
私「あ、ばあちゃん。どうしたの?」
祖母「サヤ、前におめさ葬式でトルコキキョウの花っこ飾ってけれって言ったども忘れたべ!」
私「あ。ごめん。」
祖母「もぉ〜!!!サヤだもんなぁ〜。おめさ言ったオラが馬鹿だった・・・」
確かに幼稚園の時、花好きな祖母から葬式の時はトルコキキョウの花を飾って欲しいとリクエストされた記憶が。「でもね、ばあちゃん。こんな衝撃的な事やらかしてくれて、こっち今トルコキキョウどころじゃないからね!」とはいえずに心にしまう中二の私。祖母は随分花の事で落胆していました。人生最後のセレモニーに夢か憧れがあったのでしょうか・・・
祖母「サヤ、難儀かけたな・・・由美子(母)さ済まねがったって言ってけれな。じんじ(祖父)の事よろしく頼むな。」
私「うん・・・」
それだけ伝えると祖母はまた部屋から出て行きました。生前と変わらない様子で。私はすぐに寝ていた母と父を叩き起こし、今あった事全てを話すと両親は私を疑うことなく全て聞いてくれました。そして母の布団に潜り込み、朝までぐっすり眠りました。
私の実家は生花店をしていて葬儀の花を造ったりもするんです。両親は祖母の好きな花のことは知っていたよう。しかし、祖母の葬儀とお盆が重なりトルコキキョウが品薄で入手出来なかったため、代わりに他の花を使ったらしいのです。
喪が明けると祖父は旅行に行った女性とはまた別の女性と付き合いだし、籍を入れてしまいました。これには親戚一同閉口しましたがこの再婚も長くは続きませんでした。数年前に祖父は前立腺癌で亡くなりました。
祖母の魂を呼ぶ
祖母が亡くなってから20年以上の月日が経ち、ある日私は彼女の魂を呼ぶことに。この頃の私は瞑想を続けるうちに高次元の存在とチャネリングという意思の疎通やエネルギーのやりとりが出来るようになっていて、亡くなった祖母の魂と繋ぎました。
祖母の魂を呼ぶと、壮大な光と波動が近づいて来ます。その時、瞬時に理解出来た事は祖母は完全に成仏していまい光のエネルギー体になっていた事。このエネルギー体にはもう生前の私の祖母の個性は無く、もっと大きな高次元領域からの光とエネルギーである事。つまりは祖母の魂を含んだスピリットでした。
私「あばあちゃん。私やみんなに何かメッセージとかある?何でも言って。伝えるよ。」
光「・・・・・・」
不意にハートチャクラが大きく開き、光のエネルギー体から愛のエネルギーが注ぎ込まれると涙が溢れて来ました。祖母の温かなエネルギーを感じます。この日のチャネリングはこれで終わりにしました。
最後に
この日私はバリ島の師匠の元で瞑想やヒーリングの修行をしていました。ふと今回のチャネリングの件を思い出し師匠に聞いてみることに。
「光のエネルギー体」になってしまった祖母ですが、あの時私はメッセージを受け取ることはありませんでした。それは二つの可能性が。一つは私がメッセージを受け取ることが出来なかった可能性。もう一つは特にメッセージはなかった可能性。
すると一つ疑問が湧きます。それでは呼び出した魂に伝えたいメッセージがない場合、プロの霊媒師やイタコさんたちはどうやってお客さんを納得させるのでしょうか。
師匠曰く、亡くなられた方のご遺族の心を癒すのがプロの霊媒師の仕事。呼び出した魂から特にメッセージを受け取ら無かった場合は遺族が期待する言葉をかけてあげたり、演技をするのもプロの仕事なのかもしれないとの事。
それで生きている人間が癒されるのなら・・・そういう事もあるのかもしれませんね。ここまで読んでいただきありがとうございました。
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